親 子
大きくひらいたその眼からして
ミミコはまさに
この父親似だ
みればみるほどぼくの顔に
似てないものはひとつもないようで
鼻でも耳でもそのひとつひとつが
ぼくの造作そのままに見えてくるのだ
ただしかしたったひとつだけ
ひそかに気をもんでいたことがあって
歩き方までもあるいはまた
父親のぼくみたいな足取りで
いかにももつれるみたいに
ミミコも歩き出すのではあるまいかと
ひそかにそのことを気にしていたのだ
まもなくミミコは歩き出したのだが
なんのことはない
よっちよっちと
手の鳴る方へ
まっすぐに地球を踏みしめたのだ
『鮪に鰯』(一九六四年)
転 居
詩を書くことよりも まづ めしを食へといふ
それは世間の出来事である
食つてしまつた性には合はないんだ
もらって食つてもひつたぐつて食つても食つてしまつたわけなんだ
死ねと言つても死ぬどころか死ぬことなんか
無駄にして食つてしまつたあんばいなんだ
ここに食つたばかりの現実がある
空つぽになつて露はになつた現実の底深く 米粒のやうに光つてゐた
筈の 両国の佐藤さんをもついに食つてしまった現実なんだ
陸はごらんの通りの陸である
食はふとしてもこれ以上は 食ふ物がなくなったんだといふやう
に 電信柱や塵箱なんか立つてゐて まるでがらんとしてゐる
陸なんだ
言わなくたつて勿論である
めしに飢えたらめしを食へ めしも尽きたら飢えも食え飢えも飽
きたら勿論なんだ
僕を見よ
引っ越すのが僕である
白ばつくれても人間面をして 世間を食ひ廻はるこの肉体を引き
摺りながら 石や歴史や時間や空間などのやうに なるべく長
命したいといふのが僕なんだ
お天気を見よ
それは天気のことなんだ
海を見よ
陸の隣が海なんだ
海に座つて僕は食ふ
看板の上のその 生きた船頭さんをつまんで食ひながら 海の世間
に向かつては時々大きな口を開けて見せるんだ
魚らよ
びつくりしなさんな
珍客はこんなに肥つてゐても
陸の時代では有名な いはゆる食へなくなった詩なんだよ。
『思弁の苑』(一九三八年)
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