ねずみ
生死の生をほっぽり出して
ねずみが一匹浮き彫りみたいに
往来のまんなかにもりあがっていた
まもなくねずみはひらたくなった
いろんな
車輪が
すべって来ては
あいろんみたいにねずみをのした
ねずみはだんだんひらたくなった
ひらたくなるにしたがって
ねずみは
ねずみ一匹の
ねずみでもなければ一匹でもなくなって
その死の彫すら消え果てた
ある日 往来に出て見ると
ひらたいものが一枚
陽にたたかれて反っていた
『鮪に鰯』(1964年)
天
草に寝ころんでゐると
眼下には天が深い
風
雲
太陽
有名なもの達の住んでゐる世界
天は青く深いのだ
みおろしてゐると
体躯がおつこちさうになってこわいのだ
僕は草木の根のやうに
土の中へもぐり込みたくなつてしまふのだ
『思弁の苑』(1938年)
芭蕉布
上京してからかれこれ
十年ばかり経っての夏のことだ
とおい母から芭蕉布を送って来た
芭蕉布は母の手織りで
いざりばたの母の姿をおもい出したり
暑いときには芭蕉布に限るを云う
母の言葉をおもい出したりして
沖縄のにおいをなつかしんだものだ
芭蕉布はすぐに仕立てられて
ぼくの着物になったのだが
ただの一度もそれを着ないうちに
二十年も過ぎて今日になったのだ
もちろん無くしたものでもなければ
着惜しみをしているのでもないのだ
出して着たかとおもうと
すぐにまた入れるという風に
質屋さんのおつきあいで
着ている暇がないのだ
『鮪に鰯』
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